​それでも役者なの?2

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22、言葉の力。

言葉の力を感じるのはどんな時だろう?
もちろん読み書きする言葉ではなく、会話(独り言も含めて)する言葉である。
普段の会話の中でも、言葉を発する人間とその回りの状況によって、またその言葉の発し方によって、同じ言葉なのに印象が変って感じる事はよくある。
百万言費やすよりも、勇気ある一つの行動の方が力を持つ場合もあるし、かと思えば、その時発した、なにげない一言が人生を変えてしまう事だってある。
つまり会話の中の言葉には、それ自体に力はなくて、いつ誰がどのような状況でその言葉を発するかによって、その力が変ってくるのである。
舞台上での言葉の場合も同様で、それが会話として発せられる限り、言葉自体に力はなくて、その言葉を発する人物がどのような状況にあり、その言葉をどのように発するかにすべてがかかっている。
これが、いわゆる「言い回し」とか「セリフ術」と呼ばれるものだが、所詮ウソの世界を演じているワケだから、どうしてもリアリティーが希薄になりがちで、なかなか一つの言葉に力を吹き込む事は難しい。
セリフに添い寝しようとすればする程、ウソが見え透いてくるし、「役に成り切っている」状態というのは、それほど長く続けられるものではない。
むしろまず自分自身があって、セリフという他者とどう拮抗していくか、あるいはセリフとの距離をどう取るかを考えた方が、言葉の力は増すようである。
では言葉自体が力を持って、舞台に現れる事はないのだろうか?
実はこれがあるのである。
それは歌とか詩の言葉の場合である。
この非日常的な言葉のありようの為に、初めから言葉がそれを発する人間との間に距離を置いていて、それゆえに他の言葉との間に拮抗した関係を生む事ができるからだと思う。
歌や詩、つまり韻文と呼ばれる言葉は、初めから発せられる事を前提にして書かれていて、そうして発せられた言葉自体が演劇的な力を持ちうるという事を、実は古くから演劇人達は知っていたのである。
能しかり、歌舞伎しかり、ギリシャ悲劇しかり、という訳だ。
残念ながら、そうした優れた韻文を書ける劇作家は、なかなかいないし、韻文が演劇にとっていかに有効かという事を感じている劇作家さえ、現在の日本では希少なのかもしれない。
しかし、物語の復権を叫ぶ前に、まず言葉の力を復活させなくてはならない。
優れた劇作家は優れた詩人でなくてはならないのだと私は思う。

23、崩壊と再生。

この世界の真実が変化だけだとすれば、崩壊と再生は同意である。
崩壊と同時に再生が始まり、再生する端から崩壊しているのだ。
最近ヴァンゲリスのチャイナという曲を聞いていて、これは「崩壊と再生」がテーマだと感じた。
いうまでもなく、すぐれた芸術にはこの二つが付き物である。そこには必ず死の匂いがし、また同時に誕生のきざしが感じられる。
世界と芸術がそうなのだから、当然舞台にもこの二つは必要で、ただ難しいのはそれを表現するのが、「すでに生まれてしまっていて、まだ死んでない」人間の身体であると言う事だ。
土方巽の有名な言葉に「舞踏とは必死で突っ立っている死体だ!」というのがあるが、これこそ究極のアフォリズムであろう。
では役者として崩壊と再生を表現するとは、どういう事だろうか?
確かに人間の体は細胞レベルで見れば、常に崩壊と再生の繰り返しであるのだが、それは表面に現れる事は決してない。
役者体にとっての崩壊=死は、実は見られる事によって結実されるのだと、私は思っている。
観客の脳裏に一つの情報として焼き付いた瞬間に、役者の生きた体は死を迎える。
そしてその役者の方では、その刹那に別の生を生きなくてはならないのではないだろうか?つまり、再生である。
その単位は一公演ごとでもあるし、一瞬毎でもある。
そうして、この役者体の死と再生を繰り返す事によってしか、役者は世界を体現する事は出来ないのではないかと思うのだ。
しかもこれは一瞬一瞬新しい生を生きるという事で、実人生においても実は全く同じ事が言えるのかもしれないのである。
崩壊には常に甘美な香りがただよっている。
自己を放擲する快感は、なにものにも代え難いモノだし、ある種のヒロイズムに浸る事さえ出来るからである。
再生もまた、赤子の産毛のように輝いている。
無垢な心と体にとってはすべてのモノが新鮮だし、世界のあらゆるモノからの祝福を得る事が出来るからである。
そんな崩壊と再生を繰り返す生を生き、かつ表現する事が、現在の私の夢なのである。

24、歩く。

人間にとって歩く事は、最も重要な行為の一つである。
かなり複雑な行為であるにもかかわらず、普段我々は歩く事をあまり深くは考えないで、なにげなく行なっている。
しかし、舞台の上で歩くとなると、ちょっと様子が変ってきて、緊張のあまりナンバ(右手と右足が一緒に出る歩き方)になったり、見られている事を意識する為に妙にぎこちない恰好になったりする。
ただ普通に歩けばいいのだが、この普通がなかなか難しい。
舞台の端役の例として「通行人A」とかいう役があったりするのだが、実はこれが大変でなかなかうまく演じられる人はいない。
極端に言ってしまえば、舞台上で歩く事が出来れば、半分は役者になれたも同然なのである。
その為に私達役者は、この歩くという行為を常に研究している。
例えば歩くスピードを変えてみる。
速くなったり遅くなったりすると歩き方が変ってしまうのだが、あえて同じ歩き方でスピードを変えてみる。するといままであたりまえのように歩いていたのに、どうやって歩いていたのかがどんどん分からなくなってきたりする。
体重の移動の仕方、手の振り方、足の上げ方、そして呼吸の仕方。すべてがまるで始めて歩いた人間のように新鮮で、その精巧で不可思議な行為に驚かされたりもする。
真っ直ぐに歩くだけなのに、どちらかに傾いていたり、あるいは洋舞や日舞のくせが残っていたり、人によっては妙に構えた歩きになってしまう。
観客のいない練習の時でさえそうなのだから、ましてや観客を前にして歩く事の大変さが分かろうというものである。
なんらかの目的を持って歩く場合はまだいいのだが、純粋に歩く行為を舞台上で行なう場合、どうも何か別のアプローチが必要なようなのだ。
そしてこのアプローチこそが、単に歩くという行為だけでなく、他のすべての演技にも応用が可能な場合が多く、それゆえ役者にとってこの歩行の稽古は不可欠と言える。
歩く行為を基本にして演技の稽古をしていると言ってもいい。
つまり、歩く事は人間にとって最も重要な行為であるだけでなく、役者にとっては最も基本的で示唆に富んだ行為に他ならないのである。

25、瀕死の演劇。

演劇の停滞が喧伝されるようになって久しい。
これはなにも演劇自体が衰退しているのではなく、現在の日本の演劇状況が芳しくないだけである。
演劇が何故日本ではかくも衰退してしまったのであろうか?
ヨーロッパやアメリカでは連綿と続く歴史の中で現在も演劇の位置は揺るぎ無くあるようだし、また発展途上国と言われるアジアやアフリカでは、演劇の社会に与える影響力は日本とは比べ物にならないくらい高いという。
もちろん明治以降の西洋文化と日本独自の文化の混交状態がいまだに続いていると言う事もできるし、テレビや映画などのメディアの悪影響を指摘する事もできよう。
しかし私にはどうもそうした外部からの影響よりも、日本人自体の気質に、より問題があるのではないかと思う事がある。
和の文化という事でもないのだろうが、日本人の場合集団になるとどうしてもまとめようという意識がどこかに働いて、その為に大きなパワーを持つ事もあるのだが、逆にその自然発生的に出来上がった方法論に自ら縛られてしまって、身動きができなくなるようなところがある。
これはなにも演劇の世界に止まらず、政治や経済、他の文化のジャンルにも言える事なのかもしれないのだが、もっともその不都合が端的に現れる場所の一つが、集団創造作業でしかも人間の個がそのまま表現媒体である演劇なのかもしれない。
例えば一つの劇団という家内工業的な集団においてさえ、その集団独自の演劇を創造する為に、ある時期かなり閉鎖的かつ先鋭的にならざるをえないのだが、社会から見れば突出したその表現活動が評価されるにしたがって、自分達で作り上げた方法論に自縄自縛となり、次の新たな創造にブレーキをかけてしまうようなところがある。
ましてやそれが、もう少し大きな演劇運動のように、劇団を縦断する同時代的創造活動(例えば新劇やアングラ演劇)や、古典芸能になればなおさらである。
本来演劇の価値とは、その方法論にあるのではなく、人間の心身を媒介していかに現在を表現することができるかにあるのだから、その為には常に古くなった外套を脱ぎ捨てる覚悟が必要なのである。 つまり社会から評価を受けた時にこそ、そこから脱出する為の作業を開始しなくてはならないのだ。
自らの方法論に縛られず、社会の評価に迎合することもなく、次の突出した表現を常に模索する。そうした絶え間ないエネルギーのみが、現在の日本の演劇を瀕死の淵から救ってくれるのだと思っているのである。

26、老い。

一説では20才を過ぎると老化が始まるという。
しかし実際には20代で老化を感じる事はあまりない。
ところがこれが、30才を越える頃になると、いきなり実感することになる。
例えばジャンプをしていて、足が思ったように上がらない。化粧の時ドーランの載りが悪い。
それでもそんな時は、昨日飲んだ酒のせいだと思い、ちょっと体調がすぐれない為だと思い込む。
そんな日々を過ごした後に、今日は絶好調だと思える日にさえ、やはり足が上がっていないと感じるようになり、今度は「きっと気のせいだ」とけなげにも考えようとする。
35才くらいまで、そうしてジタバタするのだが、結局その年齢くらいで、「やはり年を取ったのだ」と考えるようになるのである。
では老いを感じる事ができるようになったから、老け役ができるかと言うと、これがそうは簡単にはいかない。
自分で感じ取った「老い」の部分を、他にも応用して考えれば、できそうに思うのだが、「老い」の部分を意識すればするほど、わざとらしくなってしまって駄目なのだ。
80才を過ぎた高齢で、芝居の最後には自然死してしまう役をやった事があるのだが、この時は役の老人の心に入って行けば行くほど、自分が若返って行くという奇妙な感覚があった。
老人の心の中はいつも若き日の記憶に満たされており、自ずと体も若返っていくのである。
思うに「老い」とは、若返る意志と体なのではないだろうか?
実際に私のような中途半端な年齢でも、若ぶったり子供じみた行為をすると、俄然オジン臭くなる。下世話に言えば、若ぶる事こそが歳を取った証拠である。
つまり「老い」とは決して欠落して行く一方向の変化なのではなくて、同時にその欠落を回収し埋め合わせて行く行為を伴うものなのだ。
年齢を重ねれば重ねる程、回収すべきものは増えて行き、埋め合わせる材料も又溢れて来る。
40才にしてようやく、そのほんの一端が垣間見えて来たように、私には思えるのだ。
この「老い」と言う名の洋々としたエリアに対する時、期待と好奇心に打ち震え、これこそが人間の生(せい)の最も大きな部分だったのだと、始めて分かったのである。
考えてみれば、生(せい)とはベクトルを持った一つの運動であり、そのベクトルの事を「老い」と呼んだり「成長」と呼んだりしているだけだったのだ。
もっと言ってしまえば、老いる事こそが人間そのものなのかも知れないのである。

27、一つの目。

演劇において演出の存在は重要である。
役者は自分の姿を決して見る事はできないし、舞台に一つの方向を持たせる為にも欠かす事はできない。
しかし、この演出という仕事、必要以上に権限を持つと舞台から活力が失われてしまう。
役者が演出を頼りすぎると、本来表現を具現化すべき役者本人の持っている力が失われてしまうし、過剰演出によって本来観客が持っている自由な想像力を縛り、舞台がその分閉塞する事もあるのだ。
演出は役者がどう見えているか、舞台がどう見えているかを正確に伝える仕事であり、何が見たいかをハッキリさせる仕事である。
つまり舞台を見る「一つの目」なのである。
それ以上でもそれ以下でもない。
演出は自ら舞台に上がる事はない。上がった瞬間にそれまであった一つの目がなくなってしまうからだ。だから自分では決して実行できないというもどかしさの中で、一つの目である事を全うしなくてはならない。
百万言を費やしても言っている事が役者に伝わらない事もあるし、昨日できていた事が今日はできない、そんな事は日常茶飯事だ。そしてそれこそが演劇の演劇たる所以なのだから、全く胃の痛くなるような役割だと思う。
そして、ともすればそのじれったさから、表面の意匠に凝ったり、スタッフワークでごまかしたり、あるいは又、まるで教師のように役者に演技指導をしてしまったりして、本来の演出の役割を放棄してしまう。
ひどい演出になると、そうした演技指導やスタッフワークこそが演出だと、勘違いしていたりもする。
しかしこうした役割は別に演出でなくてもできるワケで、しかも演劇の表面的な手法でしかないのである。
演出として重要なのは、未だ見た事はないが、演出自身が是非見たいと思っている世界を、演者やスタッフに伝え、その姿が現れるのをひたすら待つ。そんなはかないけれども激しい欲望の化身となって、(つまり一つの目そのものとなって)舞台を見続ける事なのである。
残念ながら、そうした過酷できわどい位置をよしとする演出は、日本では数少ないのが現状であるが、一演劇人としてそんな演出が出現する事を切に願っているのである。

28、マニピュレイト。

直訳すれば「操作する」だが、情報とか世論を操作する意味でも使われる。
そうした場合、「教唆する」とか「洗脳する」と訳されてもいい。
世の中に溢れるコマーシャルなどは、当然人心を操るものだし、教育現場などでも当然のごとく「マニピュレイト」が使われている。
ドラマには人々を感激させる力と、同時に人々に考えさせる力も含んでいる。
通常は登場人物に感情移入をして物語を見、主人公のドラマの上での体験を疑似体験する事で、ある感激をカタルシスを持って消化する。
しかしこのカタルシスというヤツ、非常にいいかげんで、例えば泣くだけ泣いてしまうとスッキリとして、劇場から帰る時にはすっかりその事を忘れてしまう。所詮舞台の上だけの絵物語なので、「マニピュレイト」する力が弱い。
20世紀の初頭、ブレヒトという劇作家が現れて、こうした観客の心理を見抜き、物語に同化させるのではなく、常に一定の距離を置かせるようにして、笑いの後には恐さを実感させ、感激と同時に物事を考えさせる為の方法として、「異化効果」という概念を持ち込んだ。
この方法は「マニピュレイト」する力が強い、つまり一つの思想に観客を追い込んで行きやすいために、社会主義を大衆に広める目的で常用された。
ただこの方法には難点があって、マニピュレイトしようとする意志が見えてしまうと、妙に胡散臭い舞台になってしまうし、同じような手法を何度も使われると、作り手の意図だけが浮き上がってしまって、とても見る気がしなくなってしまうのである。
現在でも異化効果はドラマを作る上で欠かせない手法として、さまざまな形で用いられているのだが、最近の観客は頭が良くて疑り深いので、なかなか思うようにマニピュレイトされない。
どうも観客をマニピュレイトする為にドラマを作る事を考えた「思想の世紀」は終焉を迎えたようである。
PLAYという言葉が本来持っている、「遊び」の概念こそが演劇の意味であり、実はこの「遊び」こそが人間にとって欠く事のできない重要な要素なのだと言う事を再認識し、次の世紀の演劇を作り出していかなくてはならないのではないかと切実に思っている。
そしてこの事は、マニピュレイトを必要とする、コマーシャリズムの世界とも、教育の世界とも一線を画する事を意味するのだとも思っているのである。

29、関係の取り方。

演劇は関係性の芸術である。
演劇からもし言葉がなくなったとしても、関係性だけはなくなる事はない。
一人芝居の場合も、必ず相手を想定して劇は進行する。そして観客だけを相手とした場合、これは既に演劇とは呼ばない。講演ないしは漫談であろうか。
登場人物のお互いの関係の中にこそ、ドラマツルギーが秘められているからである。
ただし舞台上での関係の取り方は、実生活での関係の取り方と少し違っている。
観客に見られているのだから、当然観客にどう見られているかを意識した関係を取らざるをえないのだ。第三の目で、その場全体を見ている必要もある。これが出来ないと一人よがりになって、芝居が浮いてしまうからだ。
ところがこの関係の取り方、自分だけできても仕方がなくて、相手もまた同様に関係を取っていなくてはならない。ここが一番難しい。
二人だけの関係ならばまだしも、それが三人四人と増えるにしたがって益々複雑になっていく。
そうしたアンザンブルがうまくいくかどうかで、その芝居の成果が決まると言っても良いくらいで、だからその為に稽古時だけでなく、オフタイムまで含めて、メンバーそれぞれがお互いを知る必要がある。
長年付き合って来た相手でさえ、新たな発見が芝居を変えてしまう事もあるくらいで、ましてや初めての相手と共演する時など、オフタイムでの関係をどう取るかが生命線であると言っても過言ではない。
と言っても、お互いに仲良くなればいいと言うものでもない。なあなあの関係を取れば、それがそのまま舞台にも反映されてしまうし、逆に険悪な関係の方が舞台に緊張感が増す事だってある。
多分、お互いの性格の相性ではなく、舞台人としての信頼関係こそが要求され、舞台上で「気」をいかにして合せられるかが、一番重要な事なのだと思う。
その為にお酒を飲むも良し、ケンカをするも良し、恋に落ちるのも、失恋するのもすべて許される。
その方法は相手が百人いれば百通りあり、公式もマニュアルも存在しない。だから大変ではあるが、だからこそ芝居は面白いとも言える。
ただ「良い舞台にしたい!」という共通認識がある事が、共演者としての関係の取り方の第一歩で、この気持ちさえあれば、おのずと関係は生まれてくる。そして、そうしたオフタイムでの関係があってこそ、舞台上での関係の取り方もうまくいくのである。
舞台上で、一つのアクションを起こし、それに対して相手役がどう切り替えしてくるのかが、役者をやっていて、最大の醍醐味でもあるのだ。

30、芸術と福祉。

この連載をお読みの方は既にお気づきだと思うが、私のここでの論調にはどうも二種類の矛盾する視点が、ない交ぜになっているようだ。
一つは舞台芸術というものを先鋭的で特殊な人間が行使する特権的なものだとの見方であり、もう一つは舞台芸術というものを万人が享受すべきあたりまえの行為と見る見方である。
大学で本格的に演劇活動をするようになって以来、私は前者の見方をずっと取ってきた。
私自身が特権的ではないにもかかわらず、人間の存在を舞台上に乗せる為には、血の滲むような努力と、時には異常とも見られる生活が必要で、そんな中で才能ある限られた人間のみが、舞台芸術に関わるのだと思っていたし、実際にそうしたカリスマのような特権的な演劇人も存在したのである。
ところが、いつの頃からか(多分アングラ演劇というモノが消え、小劇場演劇が一般に認知されるようになるにつれて)本当にそんな特権的な存在が、現在の日本にいるのだろうか?と疑問に思うようになって来たのだ。
一方高度成長期以来の経済万能主義の中で、芸術は限られた芸術家のものであり、その他の人々の芸術活動は余暇と見なされていた。日本の福祉政策もまた最低限度の生活という概念にまず生活保障(つまりこれも経済優先だった訳で)を考えねばならず、芸術行為はそんな中でおざなりにされ、まじめに考えられて来なかったように思う。
ところが冷戦の崩壊後、いままで反体制側の運動に支えられて来た反面、意見を集約して公的機関に働きかける必要から、一般には見えにくかった障害者や在日外国人などの一人一人の個人の顔が表面に現れて来た。
芸術とは声に出せなかったネガティヴな情動(怒り、悲しみ、恨みなど)が、外側に向ってポジティヴに展開を始めるときにこそ花開く、過去の回収行為なのではないかと思っているのだが、そう考えてみると彼等こそ特権的な存在であり、次の芸術の可能性を最も秘めているのではないかと感じるようになったのだ。
彼等の中からどんな舞台芸術が立ち現れてくるのかを考えると、それだけでワクワクしてしまうのだが、その為にはまず舞台芸術を万人が享受すべきあたりまえの行為(つまり最低限の保障)として捉えて、福祉と芸術双方に対する意識を変えて行かなくてはならないと思っているのである。
そうした地平に立った時、初めてお互いの才能による勝負も出来るのではないだろうか?

31、死。

表現活動に死の影は付き物である。
人間の営為自体、常に死を意識して行われているのだから当然なのだが、表現活動の場合、死に対する意識はより強く求められ、どれだけ切迫して考えられるかが、その表現活動の成果にモロに影響すると言っても過言ではない。
舞台表現の場合も同様で、なまじ生身の身体を使っているだけに、正直にその成果を左右する。
もちろんこれは舞台上で殺人が行われるとか、物語の中で死が語られる事を意味するものではない。むしろ安易に死を取り扱えば扱うほど、上っ面だけの表現になり、ウソ臭さが見え透いてしまうものである。
不思議な事にむしろテーマに死などを扱わなくても、身体から滲みでて来る事がある。
それは、身近な人間の死に実際に接した時だ。
俗に追悼公演なるものが、客寄せの口実にも使われる事がある。
かけがえのない人間の死を商売に使うのだから、どこか胡散臭さを感じてしまうのだが、実はこの追悼公演、舞台成果が一段階上がる事も又事実で、その為に一概に否定する訳にはいかないのである。
追悼などとうたい、死を乗り越えてなどと言い、故人を偲びなどと一応きれいごとで紹介されたりするのだが、本当はちょっと違って、身近な人間の死に直面する事によって、死に対する意識が切迫して心が震えるのである。
故人がいなくなった事の悔しさをバネに公演を行う事は、回収できないものを回収しようという作業となり、無意識のうちに心も身体も動かされて、それだけでも思わぬ力を発揮する。
しかし心が震える最も大きな理由は、私達人間が死からは決して逃れる事が出来ないという事実を、改めて思い知らされる事である。
私達は皆、死を畏れ、なるべく普段は考えないようにする事で、どうにか狂わずに生きている。
身近な人間の死は、そうした私達の防衛本能を容易に切り崩し、私達に世界の裂け目を覗き見させる。
完全なる無、完全なる孤独、完全なる終わり。
そして、この「死」という未知の出来事を直視する時、人はやっとすべてのものを脱ぎ捨てて、胎児のように丸裸になって震えるのである。
表現活動とは、この震えの事を言うのかもしれない。

32、物語って何?

物語を作る事はウソをつく事である。
ウソをつき通す事で、実際には見えないハズのホントウが見えてくるかもしれない、というのが物語の持つ方向性だ。
人間誰しも小さなウソはいつもついているものである。ウソをつかずには生きていけないのが人間だと言っても良い。
どんな時にウソをつくかと言えば、何かを隠したい時、虚勢を張る時、自分に自信がない時などで、ウソをつく事によって自分を保つのである。
裸の自分を晒すのは恐いので、保護する為にウソをつく事もある。
そうしたウソは何度も繰り返しているうちに、ホントウだと自己暗示にかかり、ウソと意識しなくなってしまう事さえある。
つまりウソは必要だからつくのであって、そこには必ず理由があるのだ。
日常生活では「ウソつきは泥棒の始まり」と言うくらいで、ウソは警戒され忌避される。
でも、本人がどうしようもなくてつくウソには、それなりに寛大で、その人が何故そんなウソをついたのかを知り、納得したりもする。
実は物語におけるウソもこれと似ていて、その物語に身を委ねながらも読者(観客)は、何故その物語を作らざるを得なかったのかを、鋭敏な神経で嗅ぎ取り、自分自身の姿をそこに写し取る事で納得したりもするのである。
物語と言うと、いわゆるストーリーテイリングを思い浮かべるのが普通だが、物語というウソの先にあるホントウは、その物語を作り出す「理由」に秘められているのだ。
もっと言えば、そうした「理由」のない物語は、商品としてムリヤリ作られたにせものの物語で、なんの魅力も感じないのだ。
社会生活の上では、ウソをつかざるを得ない状況は、決して幸福と呼べるものではない。
だから、物語を必要とする社会というのは、それだけ欠陥の多い社会と言える。
誰しもが幸福を感じられる社会には、物語という名のウソは必要ないのだが、残念ながら私達はそうした社会を作り上げる事は永久にできないのかもしれない。
だからこそ私達は、そうした欠落を回収する為に、物語と言うウソをつき続けるのである。

33、無名性の芸術。

当然ながら有名である事と、芸術として優れている事とは全く別の問題である。
むしろ、有名である為に本人の意思とは別の評価をされてしまう、あるいは有名になる事で芸術本来の意味を失ってしまうといった、不幸な状況もまれではない。
逆に無名の人達がごく自然の衝動の中で作り上げた作品が、心を強く打つ芸術になる事も、これまた希な事ではない。
ところが、芸術を経済価値で計ろうとすると、有名である事が高い評価を得る基準となる。芸術をモノとしてとらえ、代替可能な商品として考えれば当然の事である。
本来、芸術とは人間の営みそのものであり、作り手の魂の結晶であるハズなのだから、自分の子供と同様に代替不可能であり、経済とは全く別のモノサシで計られるべきだ。
つまり、ある人にとっては一文の価値もない作品が、別の人にとってはどんなにお金を積まれても渡すことのできない、かけがえのないモノであったりするという事だ。
又、芸術を他人の事として捉えると、やはり有名である事が評価の基準となる。知らない人の作品よりも知っている(と思っている)人の作品に、興味が湧くのは仕方のない事であろう。
実は芸術とは他人のモノなんかではなく、自分自身の心の震えであり、自分だけの感動であり、自分だけの表現であるハズなのだが、その事に気付いている人はあまりにも少ない。
最近「無名性の芸術」という事をよく考える。
これは、名も無い人のすぐれた作品という意味と、名前を抜きにして純粋に芸術として見た時の作品の価値、そして、誰しもが参加可能な行為としての芸術という三つの意味がある。
ある特権的な人達のみによって芸術が作られる時代はもう終わりつつある。これからの芸術はあらゆる人々によって担われ楽しまれていかなくてはならないと思っているのだ。
バリ島では少し昔まで芸能者は皆農民で、普段は田に出て農耕を行い、催しがあると平然と舞台に立っていたと言う。こうした生活は私の理想であり、都会においても決して不可能な事ではないと思っているのである。
ともすれば経済活動のみが語られる社会ではあるが、そうした経済活動と同時にすべての人が無名性の芸術活動を始める時、豊かな社会が生まれる。そしてこの事は人間の自然の営為なのである。
便利さや効率の良さだけではなく、心の豊かさ楽しさのある生活。それが文明というもの本来の姿なのだと思う。
(舞台芸術には、興行という形で金銭のやりとりがあるし、集団制作なので純粋に個人の営為とはならないのだが、この問題はまた別の機会に触れることにしよう。)

34、「発語」する事。

一般に「セリフ術」などと言われるが、いくらイントネーションや言い回し等の技術がうまくなっても、そのセリフが当人の実感として喋っているように見えなければ、何の意味もない。
特に小劇場の場合、観客との距離が近い為、ウソやごまかしは全く通用しない。
では、役者のセリフに実感を伴わせるにはどうしたらいいだろうか?
普段、私達はなにげなく言葉を喋っているが、当然まずなんらかの欲求があって、次に言葉を瞬時に選んで、最後にその言葉に自分の欲求を載せて、喋る。
セリフとは前もって決まっている言葉の事なのだから、問題となるのは、その言葉を吐く欲求の方である。
「どもり」の事を考えて見る。
言葉を吐く欲求はあるし、言葉の選択もされている。最後にその言葉に自分の欲求を載せる時に、うまくいかない。うまくいかないので、欲求の方はつのり、益々うまくいかない。そしてその分欲求はつのる。
セリフがまるで他人事のように聞こえる役者は、一度「どもり」をやってもらうのがいい。
どもる所で、言葉を吐きたいという欲求がつのるから、そうした欲求が言葉に載って、実感を伴わせる事ができたりするのである。
「どもり」がうまく行かない場合は、今度は「あ」だけでセリフを喋ってもらう事もある。つまり「すきです」というセリフを「ああああ」と発語するのだ。
不思議な事にそうする事で、セリフの言葉は分からなくなるが、喋る欲求、伝えたい欲求の方は逆に明確に見えてくる。そしてこの欲求を伴って発語するという事が、セリフを吐く時の最も重要な要素なのである。
勿論この方法はあくまでもその為の一つのヒントを与えてくれるにすぎないのだが、言い回し等の訓練をするよりずっと有効な手段となるのである。
観客は舞台で「何を喋るか?」「どうやって喋るか?」と同時に「何故喋るか?」を観ていて、そこにこそ人間の実体を感じる。つまりセリフにリアリティーを感じるのだ。
芝居のセリフにリアリティーを持たせるには、発音や発声ではなく「発語」の訓練が一番の近道なのかもしれない。

35、観客論。

当然の事だが、舞台は観客なしには成立しない。
舞台の半分は作り手側が作るが、残りの半分は観客の想像力が作り出す。
二十年程前に「観客席」と言う名の芝居が天井桟敷によって行われ、紀伊国屋という既成のホールを使って、観客を参加させ、観客自身が主役になる為のさまざまな実験が行われた。
なにもない舞台を見せられたり、突然舞台上に大勢の観客席が現れて、お互いの観客が観客席を眺めさせられたり、一般の観客(実はサクラなのだが)に向って観客役の俳優がけんかをふっかけたりといった、巧妙に仕掛けられたレトリックを使って、いってみれば力技で観客自身に「観客論」を考えさせる試みだった。
当時、頭でっかちの演劇青年だった私には、この試みはとても新鮮で、まるでゲームのように進行していくシーンの数々は強く印象に残った。
しかし、こうした方法は意図がはっきりとしている為に、一度知ってしまうと二度目には面白さが半減してしまう。
「観客席」から十年後、今度は黄色舞伎団という劇団が、同じように「観客論」を観客に突きつける方法で問題提起をした事がある。
当然、初めてそうした演劇を体験する多くの若者にとっては、画期的な試みとして受け入れられた。
観客をオリの中に閉じ込めたり、入場時に特定の観客に役割を設定したりして、「観客席」よりも、もっと観客自身の参加を強要し、ほとんど観客参加のゲームか、宗教儀式と見紛う方法も取られた。
しかし、やはりこの時も公演を重ねる度に、面白さがどんどん減退していった。
力技で観客を巻き込む事の限界が、ここにはある。
しかし、この二つの公演に共通して言えるのは、そうした意味性だけでは観客がすぐ飽きてしまうというネガティヴな部分だけでなく、実は観客が何に興味を示すのかという、舞台作りに欠かせない要素の一端を引き出してくれた事も忘れてはならないと思う。
どうしても保守的で、特にテレビなどの影響もあって、受け身でいる事に何の疑問も感じない多くの観客ではあるが、好奇心だけは逆にどんどん強くなっていて、興味ある出来事に関しては身を乗り出して観たいと思っているのだ。
そうして観客を観客席から一歩前に乗り出させる事こそが最も必要な事である。
その為には、観客が何に興味を示すのかを、作り手は常に考えている必要があるし、観客自身が好奇心を起し易くするような環境を作ってあげる事が最も重要な作業なのかもしれない。
力技でムリヤリ観客の興味を引き出すのではなく、観客自身が自らの好奇心と想像力によって自然に動いてしまう時こそ、その舞台は本当の観客論を持ったと言えるのである。

36、セックス。

神代辰巳という映画監督がいて、ポルノ映画で新人の女優がセックスシーンをどう演じていいか分からない時、「歯が痛い時の事を思い出してごらん!」と、よく言った。
つまり、ヘタに感じている演技などされるよりも、歯の痛さを思い出してくれた方が、余程エロチックなシーンが撮れると言う訳だ。
ことほどさように、実際の役者の感じている事と、その役者がどう見えているかは、全く違っている場合が多い。当然、役者が何を感じているのかよりも、どう見えているのかの方が重要な訳で、その為に役の感情とは全く別の感情を導入する事がよくある。
人間にはさまざまな「欲望」があって、食欲、睡眠欲、性欲、排泄欲などの本能的欲望と、知識欲、名誉欲、金銭欲、などの社会的欲望があるらしい。
不思議な事に、この内の食欲と性欲は非常に似ていて、おいしそうな食べ物によだれを垂らすのも、イロっぽい女性によだれをたらすのも、ほとんど同じ感情の表出のようで、表現としてはお互いに代替可能である。
あまり色気のない女優に、甘美な果物の果汁が口に滴り落ちている事を想像してもらうと、思いの他イロっぽい表情を出して見せたりするのも、代替可能な欲望だからであろうか。
睡眠欲や排泄欲なども、その欲望に正直になると、自己を放擲して無防備になるせいか、エロスが滲みでたりもする。寝顔を見せたり、おもらしを想像したりすると、これが又いやらしい表情を出せたりするのである。
どうも、本能的な欲望に正直になる事は、そのままセクシーな描写に繋がるようなのである。
セックス自体、お互いの体をいかに解放できるかにかかっている訳だから、当たり前と言えば当たり前で、役者というものは日頃から舞台上で自分を解放する訓練をしている訳だから、日常生活でもセックスは得意のハズなのだ。
ところが残念ながら、そう簡単にはいかないようだ。
役者の場合、舞台上で自分を解放する時に、解放された自分を見つめるもう一つの目が常に要求される。また、別の欲望を解放してもセクシーな表現ができる事も知っている。つまり「見られる」事を意識した上で可能な部分だけを解放している訳である。
そして、この解放している時にさえ意識を持つという癖が、代替の欲望では不可能な実際のセックスの場面で、どうも邪魔をするらしいのである。
もちろん人によって程度の差はあるにせよ、これは役者という人種のどうしようもない宿命のようなものなのかもしれない。

37、装置のあり方。

舞台という言葉をいつも使っているが、肝心の舞台そのものの事を書いた事がない。
もちろん、そこが路上であろうと倉庫であろうと芝居をする事はできるし、「なにもない空間」の所でも書いたように、「どこでもいいどこか」で芝居を行う事は可能である。
しかし、どこでやるにせよ、その場所が虚構になる為の一定の装置が要る。
装置と言うのは大道具や小道具の事ばかりではなく、その場所を虚構たらしめる仕掛けの事だ。
つまり、観客に役者以外のモノ(背景も含む)をどう見せるかという事である。
例えばヒノエマタという場所に銅山の跡があり、そこで写真の撮影をした時の事だ。銅山の跡は廃虚さながらに歴史を感じさせ、その回りをうっそうとした木々が蔽っている。そこで、背景にある一本の木に赤い長襦袢を引っかけて見る。するとどうだろう!風景が一変するのである。
あるいは、なんでもない広場があるとしよう。その中心に一本の柱を立てて見る。やはりその空間が一変し、その柱を燃やせば、それだけで劇が始まる。
海岸にドアを一つ持ち込めば、それは世界の入口なのかもしれないし、劇場の後ろの扉を開けて市街が見えれば、それも一つの装置なのだ。
場所が変質し、その場所以外の何かを想像させる仕掛け。これこそが装置本来のあり方だと思っている。
いわゆる劇場と呼ばれる場所は制約が多く、なかなか自由に場所を変質させる事が難しい。大掛かりな舞台装置を持ち込んでみても、そこがなかなか舞台上の場所に成り切らず、非常灯一つで、やはり劇場そのものだったとがっかりする芝居をよく見かける。
装置のディテイルに凝れば凝るほど、幻滅した時の白々しさは無残だ。道具作りの技術にかまけて本来の舞台装置のあり方を忘れているからだ。
その劇場が別の世界に変質して見えてくる為に、何を持ち込むのか、何を取り払うのか、その一点にのみ装置の存在意義があるのだから、劇場自体にもっと目を凝らさなくてはならないのかも知れない。
一般に舞台美術家などと言う。しかしそのアートの部分の自己主張は、観客を劇場という現実の場所から、虚構の世界に引き込んでからにして欲しいものである。
その為には、一度常識を疑ってみる事が必要で、実際には何を持ち込んでも構わないし、又、なにもしない事でさえ、選択肢の一つなのだと思う。

38、いつか見た光景。

デジャ・ブの話ではない。
以前所属していた劇団の演出家、和田喜夫が役者に向ってよく使った言葉で、役者が安易に思い付きの言い回しや動作をすると、「いつかどこかで見た光景」だと批判した。
和田は芝居とは行為ではなく行動だとも言い、その演技はその場で起こる出来事にならなくてはならない、とも言った。
もちろん役者にとっては、他人の行為をマネる事は一つの重要な方法論なのだが、想像力が浅いと、ついその表層のみをマネる事になる。
ましてやその対象が他人の演技であったりすれば、モノマネにこそなれ、自身の演技としては最悪の自殺行為となってしまう。
つまり人間の表層のみを捉えても、その本質がない為に、舞台上での行為に実体を感じられず、観客からは遠い風景のように希薄に感じられるという訳である。
いわゆるテレビ的演技が批判の対象になるのも、実はテレビで行われている演技が悪いのではなく、その演技をマネして舞台に乗せる事が問題なのだ。
この事はテレビに限らず、実際の人間の行為をマネする場合にも、その人間が何故そうした行為をするのかを捉えていないと、舞台の上では実感のない演技となる。
それどころか自分の演技ですら、同じ行為を連日繰り返すのに、その起点を捉える事なくただ同じ動作をなぞっていると、まるっきり死んだ演技となってしまう。
役者にとって必要な想像力とは、頭で考えた姿形や動作ではなく、その奥に隠されている感情や感覚を、自分自身の心で実感する事なのである。
そうして、実感に対する想像力が伴った時、その演技はその役者本人のものとなり、姿形や動作が始めに考えていたものと違っていても、充分にその対象を具現化したものとなる。
舞台上での行為がまるで他人事の「いつか見た光景」ではなく、今そこにある光景として現出する為には、役者は常に対象の心をこそマネるべきで、しかもその心を持続し続けなくてはならない。
その時初めて、虚構であるハズの役者の演技が「一つの出来事」となり、また優れた舞台表現ともなりうるのである。

39、顔の表情。

役者にとって顔の表情が豊かである事は必須の条件である。
特に舞台の場合、細かい表情はなかなか読み取れないので、どうしても見えるように少し大きくしなくてはならない。でも心の伴わない表情は何故か観客にも分かってしまうもののようだ。
私の場合、顔が先行しているとよく言われる。確かに顔はでかいし(これは舞台の役者にとっては欠点ではない。)、つい顔の表情から役に入っていってしまうような所がある。これが私が大根役者と呼ばれる最も大きな原因らしい。
顔の表情は感情の変化と密接な関係があるのだが、その役の感情を追って表情を作るとたいてい失敗する。多分実際の感情というものは単純ではなく、顔の表情との関係もまた複雑なもののようで、ストレートに現れる事は少ない。だから感情を直接顔に現すと、まるで薄っぺらで生きた人間の表情に見えないのだ。
例えば、悲しんでいる人間を表現する時、泣くよりも泣くまいとした方が、悲しく見える。あるいは怒りを現わすのに、大声で喚きたてるより怒りを押さえた表現の方が、激しい怒りが見えて来る。
これらは単純な例であって、実生活ではこれらの感情と表情の関係は、もっと微妙でもっと複雑な様相を呈し、とても一筋縄では捉え切れない。
かといって舞台上では、実生活と同じように感情が表情に現れ、しかもそれが何度やっても同じ様に現れる事はきわめて希で、とても私のできる所ではない。
では、どうするか?
仕方がないので私の場合、顔の表情は役の感情とは関係なく作る事にしている。つまり一つの仮面のようなものを造形する。そしてその仮面から感情が漏れ出し歪んで来る事で、なんとか表現の第一歩になればいいと思っているのだ。
つまりピエロの白塗りの顔を想像して頂ければいいのだが、ピエロを演じる訳ではないし、白塗りをする訳でもないから、失敗する事もまた多い。
でも、そうやって顔の表情と感情の乖離や微妙な繋がりを楽しむ中にこそ、役者としての実感を感じたりもする訳で、この大根役者の編み出した苦肉の策を、もうしばらく続けて行こうと思っている。
私にとって役者をする事は表現の一つの方法ではあるが、それ以前に自分自身を探す旅でもあるワケだから…。

40、演劇は必要か?

芝居を25年以上やってきて、時々フッと思うことがある。
「果たして演劇などというものが、本当にこの世界に必要なのだろうか?」と。
世界には演劇など一度も見た事がない人間がたくさんいる訳だし、私自身、演劇などなくなってしまっても生きて行けるのではないかとも思う。
ただし、こうした考えは演劇を狭い観念で捉えた場合の話で、本来人間が自分の体を使って他人と関係を取ろうとする事こそ演劇であると考えたり、自分を装う事自体すでに演劇だなどと考えると、実は人間だれしもが普通にやっている行為なのかもしれない。
つまり、「演劇は必要か?」と考える事は「演劇とは何か?」と問う行為なのだ。
では、狭義の演劇と広義の演劇との違いは一体なんだろうか?一般的に人間誰もが行っている行為から、どの部分をどのように抽出するのか?という事である。
ブレヒトはこの時「再現」という言葉を使った。
つまり、ある人間がどこかで見て来た事故の様子を別の人間に伝える為に、その事故を再現しようとする。この時の再現という行為こそが演劇の始まりであると考えたのだ。当然そこには話し手の誇張や虚構が混じり、その誇張や虚構を作り上げる批評性こそが演劇の持つ意味だというのである。
しかしこの方法、マニピュレイトの所でも書いたが、あまり意図が見えすぎると陳腐極まりなくなる。
あるいは又、寺山修司が既成の俳優の演技に飽き足らず、素人を大勢舞台に載せた時、唐十郎は「じゃあ、赤ん坊を舞台に載せても芝居になるのか?」と反発した。
特権的肉体を持つ者のみが舞台に上がると主張していた当時の唐にとっては当然の反論だったが、素人でも自意識を持っている者と自意識のない赤ん坊とでは意味が全く違った。
ただ、こうした論争は私達に、演劇とは何か?と言う問いを突きつけるもので、現在のようにそれぞれの劇団が論争もなく勝手な方法で作っている状況と違って、いろんな事を考えさせられた。
いずれにしても、先達たちもこうしてさまざまなアプローチで実際の人間をどう切り取るのかに腐心して来た訳である。
残念ながら私にはまだ明確な方法論がない。
しかし古い既成の概念で演劇を捉えない為にも、常に問い続けていかなくてはならないと思っている。「演劇は必要か?」と。

41、欲。

役者などをやっていると、社会からドロップアウトした存在のように思われて、世捨て人とか仙人のように世俗的な欲望が少ないと思われがちだが、本当は強欲そのものである。
ただ、その欲望の種類が少しだけ違って、決して達成される事のない欲を常に抱え込んでいるようだ。
人間お腹が空けば何かを食べればいいし、眠くなれば寝ればいい。喉が渇けば水分をとればいいし、排泄したくなればすればいい。好きな人とセックスをしたければセックスすればその欲望は達成されるし、お金持ちになりたければ儲ければいい。
これらはすべて達成する可能性を秘めている欲望だ。
もちろん達成されれば又すぐに次の欲望が生れるのが人間で、有名になりたいとか人望を得たいとか、他人を支配したいとか、自分の足跡を後世に残したいとか、およそ考えうる限りの欲望を持ったりもする。
しかし、これらの欲望とて決して不可能な欲望な訳ではなく、実際に人間はその欲望に添って生き、なんとか達成しようとする。
ところが一部の人間達はそれらの達成可能な欲望だけでは満足できないで、決して達成する事のできない欲望を抱え込んでいて、しかもその欲望が達成不可能だからこそ、飽く事なく追い求めて生きて行く。
曰く「自分が何者なのかを知りたい!」「宇宙の真理を見たい!」「無から有を創造したい!」等など。
これらの欲望は掴んだと思った瞬間に消えて行く、いわば蜃気楼のようなもの、あるいは、空に向って実体を描くような行為で、とても正気の沙汰とは思えない。
しかし、どうもその欲望が達成するしないが問題なのではなく、いや達成しない事が分かっているからこそ、充足する事は決して有り得ず、益々取り憑かれてしまうようなのだ。
役者の場合そうした欲望を自身の身体をもって体現したいと思っている為に、同じような欲望を抱えている宗教家や哲学者、あるいは他の芸術家とはまた違って歪んでいるのだが、根本的には同様の強くて深い欲に支えられている。
違っている部分があるとすれば、地に付いた人間を表現する為には世俗的な欲望も決して捨てる事ができない所で、こう考えてみると最も強欲な人種なのかもしれないのである。
欲望の強さだけから言えば、「生臭坊主」とか「売名作家」などと同種なのかも知れないのだ。

42、照明の役割。

私達は芝居を作る時、当たり前のように照明をどうしようかと考えるけど、電気によって人工照明が使われるようになったのは、たかだがここ100年足らずの事で、それ以前の芝居では自然の照明(太陽光や火の光)が用いられていたのである。
電気を使えるようになって、いつでもどこでも気軽に照明を舞台に持ち込め、ずいぶん便利になったものだが、同時に忘れ去られ、ないがしろにされるようになった部分もあるように思う。
天井桟敷が晴海の倉庫を使って「奴婢訓」と言う芝居を行った時の事である。
夜の公演に備えて夕方から舞台稽古が行われたのだが、天井近くの窓の一部を黒幕で蔽うのを忘れていて、暗転とともに、そこから夕陽が差し込んでしまった。
照明担当の人間は「しまった!」と思い、あわててその明かり漏れを塞ごうとしていると、演出の寺山修司はその照明担当に向って「あの明かりが欲しい!」と真顔で要請したと言う。
当り前の事ではあるが、寺山修司にとって、それまで見せられたどの照明よりも、その夕陽の明かりは魅力的だったのであろう。
あるいは能舞台では、電気の照明を使うようになってから、能面から陰影が消えたとも言われ、これだけ人工照明が発達した現在も、毎年のように篝(かがり)能が上演される。
つまり、どれほど人口照明が発達しても、自然光にかなう事はありえず、それはあくまでも代替の照明方法なのだと思う。
幻想的な舞台を作る場合は、人口照明が欠かせない、と思われる方もいらっしゃると思うが、果たして本当に幻想的なモノとは、あのような照明の世界なのであろうか?むしろ人工照明を使った世界が幻想的なのだと思わされて来たのではないだろうか?
もちろん私はすべての人工照明を否定するものではない。
ただ演劇というものが、人間の生の営みを表出するものだとしたら、まるでライトショーのような人工照明に頼った芝居では、その目的は決して達成する事はできないと思ってしまうのだ。
照明の役割とは、常にその人工照明が自然光の代替物(イミテーション)である事を意識し、舞台上で行われている人間の行為を、極力邪魔する事なく、いかに見やすくするかに専心する事だ。その上でさまざまな技術や方法を考えるべきだと思う。
とにかく劇場などの閉所空間においては、何らかの人工の明かりがなくては舞台は成立できないのだから。

43、肉体は観念である。

肉体は実体ではない、と言いたい訳ではない。
肉体は観念によって変化するモノで、観念のうつしみこそが肉体だという事である。
例えば手を前方に差し伸べて、地平線の彼方まで果てしなく伸びていく自分の手を思う時、手は実際にちょっとだけ前に伸びる。
あるいは自分の体でけものを表現する時、そのけものの足の爪や尻尾や耳を想像すると、その分、体からけものの匂いが漂って来る。
もちろんその場合、四つん這いの姿勢や手と足の形態も重要なのだが、それ以上に実際には生えていない爪や尻尾、どんな音も聞き逃さない立った耳や、臭いを嗅ぎ分ける為に地面に向かって伸びた鼻を想像する事の方がより重要な作業となる。
肉体は保守的だから、力で動かそうとしても却って緊張して動かない。そんな時でも頭に大きなイメージを描いて動くと、その緊張が開放されてそれまで以上の大胆な動きが出来たりする。
もちろんそれは、実際にはほんのちょっとした変化でしかないのだが、このちょっとの変化が舞台上では数倍の威力を発揮するのである。
普段は小柄な役者が舞台上では予想外に大きく見えたりするのも、こんな所にヒミツがある。
私達役者は肉体という、非常に精巧にできてはいるが怠惰で臆病で使い難い道具に、観念という瞬発力と無限の可能性をもった幻想を吹き込む事で、もう一つの世界を構築出来るようになる。
考える速度は遅いので、肉体は先に防御してしまう。しかし思う速度は肉体よりも速く、肉体はその速さに容易にだまされる。
だからこの観念というヤツ、決して論理的な言葉で考えたりしてはいけない。むしろ絵画や映像、あるいは詩的な言語によって瞬間的に捉える事が重要だ。
土方巽という舞踏家は多くの詩的言語(あるいはイメージを絵画などで示した)をダンサー達に浴びせ掛け、肉体の新しい地平を切り開いて行った。
この方法は今でも有効なのだが、残念ながら土方ほどの観念=詩的言語を紡ぎ出せる演劇人は希である。
しかし、私達は私達なりの観念を、自らの肉体に浴びせ掛け続けて行かなくてはならないのだと思う。
「病は気から」とよく言われるが、「演技も気から」始まるものなのだから。

44、身振りについて。

「あて振りはやめて!」
共同作業をしている岸田理生がダメ出しをする。
身振りが意味言語としてのみ機能する事を嫌っているのだ。
例えばゼスチャーのような身体の動き、出来損ないのマイムのような動き、やはり出来損ないのクラウン(道化)のような動き、つまり、何かをしている「フリ」を極端に嫌う。
スラップスティックの喜劇などでは常套手段となる、こうしたフリは、岸田の求めるブラックユーモアの世界には必要とされない。
日常的な何気ない行為や、思わずやってしまう動作、そして言葉と身振りの織り成すチグハグな間。そうした身振りのみが必要とされ、私達役者からまるで演技の選択肢を奪っていくかのように、あて振りがストイックなまでに排除される。
確かにこうした「あて振り」をしている時、私達は自分自身の説明係であって、生きた人間からは程遠い存在になっているのかもしれない。岸田が求めている演技とは決して説明ではなく、当事者としての行為なのだと思う。
では、手話を使って芝居をする場合はどうだろうか?
手話は意味言語だし、顔の表情や身振りも手話の重要な要素なので、どうしても「あて振り」は必要で、完全にはこれを放棄する事が出来ない。
しかし、私達は音声言語たるセリフを使う時も、そこに言葉の意味以外の情報を込めている訳だから、手話を使う場合も表現の仕方によって、それが当事者としての行為として現れてくればいいのかも知れない。
多分「あて振り」も、そうした身振りをする必然性があれば、それも含めて当事者としての行為と成りうるのかもしれない。
残念ながら、前回の私の公演では、手話の稚拙さのせいもあって、身振りさえもが意味言語になってしまったようだ。(つまり、出来損ないのクラウンをやってしまったのだ!)
手話が舞台の説明をする字幕代りに使われる芝居はやりたくないと言いながら、身振りで自分自身の説明係をしてしまった訳である。
身振りを考える時、それがどのような形になるにせよ、何故そうした形を取らざるをえないのか、その必然性の方が遥かに重要で、そこにこそ当事者としての身振りがあるのだと思う。
それにしても、果たして私にそうした当事者としての身振りができるのは、一体いつの事になるのだろうか?

45、総合芸術?

演劇は総合芸術だとよく言われる。
確かに通常私達の目に触れる演劇には、脚本があり、美術、装置、照明、音楽、音響、衣裳、メイク、特殊効果などがあり、その中に役者がいる。
しかし、果たしてそうなのだろうか?
映画にしてもコンサートにしても総合芸術と言えなくもない。
最近ではアート・パフォーマンスなどと呼ばれる分野もあり、あれもやはり総合芸術なのかも知れない。
逆に演劇にも無言劇とか一切音楽を使わない劇とかも現れて、必ずしも総合芸術とは呼べない公演もある。
だいいち総合芸術とはいったい何と何を総合したモノなのだろう?
言葉(詩)、身体、音楽、美術(照明)の総合だろうか?それとも最近流行の映像とかコンピュータグラッフィック、あるいは煙りや匂いなども含めるのだろうか?
確かにそれらの古くからある芸術分野も、新しく誕生した芸術分野も演出の方法を広げるモノではあるが、そのほとんどはなくても成立するモノである。
これまでにも書いて来た通り、その内の身体のみで行う演劇もありうる。
初めから総合芸術などと考えずに、そうしたシンプルな演劇をまず想定して、その上で他の分野の芸術性がはたして必要なのかどうかを考えるべきではないだろうか?
身体を使って、何を表現したいのかを考える。それからその為には、言葉は必要なのか?音楽はなくてはならないのか?美術の要素は削る事ができないのか?そして、他のメディアはどうなのか?と、問うてみる。
そんな問いかけが始めにあってこそ、緊張感のある統合芸術(コラボレーション)はありうるのだと思う。
芸術ジャンルが一つの定型を見せる時、そのジャンルは既に博物館入りを余儀なくされる。常識を疑ってみる事なしに、定型通りの方法を取る限り、その芸術は衰退する。
私達はそんな定型の演劇の事は忘れて、芸術に対して、常に身体からのアプローチを試みて行く事こそが重要なのである。
演劇とは決して総合芸術などではなく、人間の生身の身体を使って、人間の存在そのものを表現する芸術行為なのである。その事をもう一度肝に銘じなくてはならない。

46、虚無。

人間誰しも落ち込む時期はあるもので、特に若い頃には、自分の無力さに絶望したり、自身の醜い姿に自己嫌悪に陥り、極度の鬱状態になったり、酷い時には自殺未遂にまで発展してしまう事も希な事ではない。
日本人の死亡原因の第一位は「不慮の事故」で第二位が「自殺」という統計でも証明されている通り、いかに私達の回りに虚無が蔓延しているかが分かろうかというものである。
私達役者もまた、自意識過剰な人種の集まりなだけに、一旦落ち込むと奈落の底までいかないと収まらず、その落差は傍目から見れば異常なくらいだ。
しかも役を演じる事は、その役のネガティヴな部分も併せて引き受ける事で、ドラマの登場人物は極端な体験をする場合が多い為、役にのめり込めばのめり込む程、自分との境目が曖昧になり、精神のバランスを失う事も多い。
確かにそこまで役に添い寝しないと、なかなかいい舞台はできないのだから仕方がないのだが、そうした危うい神経をそのまま日常に持ち込んでしまう場合もあって、自分自身を内攻させ、追い込んでしまい、動きが取れなくなってしまう事もある。
こうなると本末転倒で、芝居の為に自己を追い込んだにも関わらず、その芝居の稽古に行く事すらできなくなったりして、冷静に考えればバカげているのだが、本人はなかなかその事に気がつかない。
そんな時は、一緒にやっている仲間が、行き場を失くしたその役者を無理矢理にでも、稽古場に連れて来るしかなくて、不思議な事に稽古が始まってしまえば、むしろイキイキと演じ始め、その演技もそれまでより格段と良くなっていたりするので、連れてきた人間の方がアホらしくなってしまう。
しかし、こんな時である。芝居は一人ではできない事を改めて実感するのは。
虚無に対抗する為には決して一人で考えているだけではダメで、常に仲間という外界との接触をする事で、もう一つの世界が開けるのだと思う。
尤も、仲間と仲良くしているばかりだと、肝心の演技の方はどんどんつまらなくなってしまうのだから、一人になって自分を追い込む時間もやはり必須で、結局この繰り返しを続けるしかないのだろう。
日々の生活や他人との交流の中で、「忘れる」という人間にとって重要な本能が発揮できる事も多いのだが、「忘れてはいけない」問題も常に抱えて演技をしていかなくてはならないのだから。

47、音の世界。

音楽とか音響も芝居においては重要な役割を持っている。
あえて作られた音楽や音響を持ち込まないでも、詩的言語自体が音楽的要素を含んでいるし、上演する場所のよっては自然界の音や外部の音が紛れ込んでくる場合もあるからだ。
利賀山房で公演をした時には、小屋の外から聞こえる清水のせせらぎや虫の声が、何故か丁度いいタイミングで聞こえて来たし、横浜美術館前で公演した時には、隣の工事現場から聞こえる時報のサイレンが、芝居の緊迫感を誘った。
こうした生音のない場所で上演する場合は、作り物の音響を利用したりもするのだが、あくまでも演技の邪魔をしないように最大限の気配りをすべきだと思う。
作り物はあくまでも作り物なのだから、ヘタに使うと興醒めしてしまう事もありがちだからだ。
出来うればそうした音響も昔のように生音で表現したいものである。生音には人の息吹が感じられ、その音を作り出す人間自体、一人の出演者となりうるからだ。
同様に音楽も録音テープから流れるのでなく、実際にその場での演奏が望ましい。
出来うればそれも電子楽器ではなく、アコースティックな楽器、あるいは楽器以外のモノの方が望ましい。演奏者と音が直接的に繋がって見える事で、役者がたてる足音や衣擦れの音と同じ次元で観客に伝わるからだ。
そしてもっと望ましいのは、役者自身が歌い演奏する、あるいは歌手・演奏者自身が踊り芝居をする公演形態である。
現在、演劇もダンスも音楽も、あまりにも技術論に走り過ぎていて、それらが生の営みの一部であるという、当り前のしかし本質的な部分を忘れがちのように思えてならない。
一人の人間が歌い踊り喋り演奏したり演技したりもする。その時に聞こえて来る音すべてが綯い交ぜになったモノこそが、舞台における音の世界で、それは決して再現できないその場限りの幻の世界なのだと思う。
リズムや調子が多少外れてしまったとしても、それも人間の姿そのものと同様、許されるし、却って共感を呼ぶかもしれないとも思っているのである。
今迄考えていた「うまい」とか「へた」とかの音楽の優劣を一度忘れて、一人一人が音の世界の事をもう一度初めから考えてみる作業が必要なのではないだろうか。

48、たくさんの引き出し。

新劇系の人達がよく使う言葉である。
どんな役にも対応できるように、自分の中に多様な顔を抱え持ち、さまざまなキャラクターになる為の方法論を溜め込んでいく事が良しとされる演劇では、この言葉がまるで演技のスキルであるとでも言うように使われる。
ほんとうにそうだろうか?
実は私はこの一見もっともらしく思える言葉に、二つの違和感を感じてしまうのだ。
一つは、演技というものがそんなに簡単に出したり仕舞い込んだりできるものなのだろうか?と言う疑問である。
私達は一つの芝居を演じる時、ほとんど全生命を賭けて役に向かうのであって、自分の一部分のキャラクターだけを取り出して演じるような事ができる訳がない。
しかも演じる本人自体が常に変化している訳だから、もし例え引き出しに貯えるような事ができたとしても、開けてみたら古くて使い物にならなかったり、今の自分では使う事のできないモノであったりするのではないだろうか?
それでも使えるモノがあるとしたら、それはかなり陳腐な表層だけのキャラクターであって、そのままでは、とても神経の通っている人間にはならないに違いない。
もし、演技のスキルといったモノがあるとしたら、それは決してそうしたキャラクターの蓄積ではなくて、自分の神経をどのように持ち、役にどうやって生かすのかと言う方法論だけなのかもしれない。
しかし、この「引き出し」が神経のありようについての方法論の事なのだとしたら、今度は、何故そうした方法論を一般に公開しないのだろうか?という疑問が湧いてくる。
「引き出し」という言葉にはまるで企業秘密のように、方法論を隠匿しようといったセコさも垣間見え、これが私には二つ目の違和感と感じるのである。
世阿弥の時代じゃあるまいし、秘密主義によって他者を出し抜き、自分達だけが生き延びるような方法は、現代の演劇にはとても似つかわしくないように思えるのだ。
尤も、そうやって秘中の秘にしておかないと困る権力者がいる事も確かで、実際に公開してみたら、なんて事もない当り前の方法だったりして、だからこそ秘密にしたがるのかも知れないのだが…。
これからの役者には「たくさんの引き出し」ではなく、「広いテーブル」こそが求められているのではないだろうか?
そして、そんなオープンな意識でお互いが教え合い、切磋琢磨する事が必要なのだと思っているのである。

49、稽古時間。

役者の稽古は通常の稽古の積み重ねだから、期間は長ければ長い程良い。
しかし一本の公演の為の稽古となると、長ければ良くなるとも限らない。稽古ばかりやりすぎると本番までに息切れしたり、飽きたりもするからだ。
通常劇団などでも2ヶ月、プロデュース公演などで1ヶ月、商業演劇などで役者のスケジュールの調整が付かなかったりすると、2週間なんて事も希ではない。
まず台本の素読みから始まり、セリフを覚えると立ち稽古、シーン別に繰り返す抜き稽古、始めから流して全体を掴む通し稽古と進み、公演の前日にはすべてのスタッフワークを本番通りに行う舞台稽古(通称ゲネプロ)が行われる。
稽古の方法は現場によってさまざまではあるが、台本のセリフ確認や役の捉え方から始まって、相手役とのセリフ合わせ、動きと間合いの稽古、演出の求める動きや会話の創出、以下、演出役者それぞれによって、思いつく限りのアプローチが試される。
ただ不思議なのは、稽古が進んでいくにつれて、技術的にはどんどん構築されていくのだが、何故か最初に台本を読んだ時が一番良かったなどと言う事態にも直面する。
役を捉える感性が鈍ってしまって、段取りだけを追うようになってしまっているのである。そんな壁を乗り越える為には、常に初心に戻って役に取り掛かる事が大切になってくるのだ。
芝居の内容の事だけではなく、参加者同士の人間関係のトラブルや、事故病気その他の私生活での突発事項もしばしば起こる。何事も無く稽古が進行する事などほとんどないと言ってもいいくらいである。
しかし公演日は待ってはくれないので、みんなで知恵を絞って、一つ一つの問題を解決して行く事になるのだ。
そして小屋入り。ここからは忙しい。装置照明等の仕込み、明かり合わせ、音響チェック、役者の場当り、段取り転換などの確認、すべてをクリアーして(実際には間に合わない事もよくある)舞台稽古を向かえるのだ。
このゲネプロからは舞台は演出から舞台監督の指揮下に入り、演出と言えども途中で止める事はできない。(本番通りの時間に行う事も多い)
役者は稽古場と劇場との空間の違いや客席との距離感を掴み、その劇場での自分のポジション(これは立ち位置などだけではなく、その空間にいかに嵌まるかと言う問題も含んでいる)を捉える事に専念する。
お客さんが入れば又劇場の空気も変ってしまうのだが、実際にお客さんが入っている事を想定して、その中で普段通りあるいは普段以上の成果が出せるように自分のポテンシャルを上げて行く。
当然さまざまなミスやトラブルが起こるが、それも初日に向けての通過儀礼である。
そして、いよいよ本番の日を向かえる訳である。

50、理想的な舞台。

良い舞台とは一体どんなモノだろう?
当然お客さんが喜んでくれて、専門家などの評価も高いモノ、つまり舞台の良い悪いは、純粋に舞台成果によって計られるべきだと思う。
しかし一方、共同作業をした者同士が、一緒にやれてほんとに良かったと思い、また是非一緒にやりたいと思えるような舞台作りができる事も、次の舞台へのステップとして重要である。
ところが、この二つの要素、現実にはなかなか両立する事が難しいようだ。
舞台成果は素晴らしいのに、内部はぐちゃぐちゃなんて事は珍しくないし、逆に舞台成果はさんざんなのに、何度も一緒にやれるお仲間会のような舞台もしばしば見かける。
つまり、舞台成果を求めた場合、共同作業者同士のある程度の軋轢は必然であり、良い舞台を求めれば求めるほど、自分の意見を通そうとし、その為に対立し、けんか腰になったりもするのである。
お互いが了解できる地点に安住するのではなく、より素晴らしい舞台を追求するあまり、了解できない地点にまで足を踏み入れ、関係が不安定になる訳だ。
逆に、けんか一つ起きないで本番を迎えるような舞台には、緊張感も新鮮さも感じられず、それだけで陳腐な舞台になる場合が多い。
人間関係だけで芝居を作ろうとした場合、当人達はそれで幸せなのだが、そんな舞台を見せられる観客の方はたまった物ではない。
実は本当の演劇人たるもの、舞台成果こそがすべてであり、その後の人間関係は二義的な要素だと考えている。千秋楽が終わった後で「いろいろな事があったけど、舞台成果だけは良かった」と思えれば、本望なのだ。
問題はそうした微妙な関係を再び続けて行く為には、何が必要なのかと言う事だ。
私は、それは「礼」なのではないかと思っている。
舞台の内容については、いくらケンカしても構わないし、相手に対する遠慮は決してしてはならないと思っている。ただその時にもお互いに「礼」を尽くすべきなのではないかと思うのだ。
いくら内容の事で相手の考えを受け入れられないとしても、この「礼」さえ尽くしていれば、舞台成果が現れてすべてが終わった時に、その過程でのストレスをきれいに忘れる事ができるもので、そんな舞台こそ理想的な舞台だと、信じているのである。

51、愛。

芸術に携わる人間は概して性格の悪い人間が多い。
演劇人もその例に漏れず、かなりタチがよろしくない。
すぐ嘘を付く、見得を張る、相手によって態度を変える、場合によっては開き直る。集団作業なので集合の約束だけは、他の分野のアーティストに比べれば比較的よく守るのだが、結局自分の作る舞台の事が中心で、他の人間の作品にはあまり興味を示さない。
自分自身と作品に対して正直なのだと言えば聞こえがいいが、実はちょっと性格が破綻している場合が多い。長年「興行」などと言う、いわば詐欺のような行為に身をやつして来た育ちの悪さは拭い切れないのである。
しかも一緒の舞台に立ち、言ってみれば同じ釜のメシを食った仲でさえ、終わってしまえば次の公演でも又共演しない限り、薄情な程疎遠になってしまう。
ところが不思議なもので、そうやって何年も会っていない相手でも、久しぶりに共同作業をする事になって再会してみると、何もしゃべらなくても相手の考えている事が分かるような気がする。
あるいは初対面でさえ、長年演劇の世界にいる相手には、自分と同じ匂いのようなモノを嗅ぎ付けて、その独特の論理を簡単に了解しあう事が出来たりもする。
これは一体どういう事なのだろうか?
演劇人には照れ屋が多いので、決して「愛」などという言葉は使わないが、共演者や共同作業者に対しては、いわば同志のような感情をむしろ強すぎる程に持つ。
そんな現場を数多く持つうちに、それぞれの相手に対して深い感情を持ったままでは、次の現場に移行出来ないと考えるようになったのかもしれない。「愛」の総量は無限ではないのだから、一つ一つの関係を引きずらない為に、敢えて薄情に思える程、情を断ち切るすべを覚えてしまったとも言える。
どうも演劇人にとって「愛」とは「演劇という場」を介在させた所にしかありえないのかも知れない。
そしてそこに演劇がありさえすれば、瞬く間に溢れんばかりの愛を相手に対して注ぎ込む事が出来るようなのである。まるで、それまで押さえてきた感情のすべてを、演劇とその現場を共にする相手に対して、爆発させるかのように。
つくづく演劇とは関係そのものであり、演劇人にとって関係とは演劇抜きには考えられないものなのだと思う。
そして、そうした関係こそが「愛」なのかも知れない、とも思っているのである。

52、装うと言う事。

今回は衣裳とメイクの話である。
役者にとって一番身近なスタッフワークで、劇団時代には持ち道具も含めて、ほとんど役者自身が自分で持ちよる事も多かった。
と言うのも、衣裳などは余程特殊なモノでない限り、できるだけ本番に着る物を事前に何度も着て、あるいは多少汚れても構わないから実際に稽古場で使い、その衣裳に馴染む必要があるからだ。
いきなり本番近くになって着て見ると、全く似合わなかったり、その衣裳に気を取られて肝心の演技の方がおろそかになる場合もある。
もちろん晴着という言葉があるように、祭りの当日にだけ装う事によって、新鮮な感覚が生れるとも言えるのだが、長い歴史をかけて計算し尽くされた祭りや伝統芸能などと違い、常に新しい舞台芸術に挑戦している私達のような場合、役者の身体との融和だけではなく、他のスタッフワークとの整合性から見ても、リスクが多すぎる訳である。
要は役者達が稽古中から本番を意識した身体で臨む為にも、本番での衣裳を事前に身に着ける事は必要で、衣裳を着る度ごとに常に新たな感覚を感じる事が、役者には求められるのだ。
メイクの場合も同様で、特殊なメイクの場合を除き、役者自身が自分の顔と役作りの両方を意識して、自ら考案する事が望ましい。
髪型を変える、メガネや帽子を被る、髭を生やす、その他、剃毛、白塗り、隈取り、等など。
どんなメイクをするにしても、あるいは全くのノーメイクの場合でさえ、役作りの一環として役者が考えるべきモノだと思っている。
衣裳・メイクのスタッフがすべき最も重要な事は、そんな役者達に最もふさわしい装いがどんなモノなのかを、サゼッションをする事なのかも知れない。
見られる身体とは装っている身体であって、装う事から一つの演技が始まる。それほど役者の演技とは切っても切れない関係なのだと思う。
衣裳デザイナーやメイキャップアーティストと呼ばれる人達も、こと舞台に携わる限りは、この事を決して忘れないで欲しいものだ。
写真や映像などと違って、舞台の場合、役者の生の身体がすべての衣裳デザインを裏切ったり、共演者との接触や汗で折角のメイキャップが台無しになる。しかも決してやり直しがきかない。そんなハプニングさえも凌駕する為には、役者の演技との連携が欠かす事のできない作業なのだと思う。

53、抜かずの剣。

以前付き合っていた演出に、理想の演出とは何かを問うた事がある。
彼は演出をしない演出ができれば、それが一番良いと答えた。
同様に演技なるモノも、演技をしない演技が一番良い。
つまり、それが演出だと思われない程自然な演出であり、演技だと思えないような自然な演技だ。
どうも何かの道を突き詰めて行くと、必ずこの自己矛盾を孕んだ概念に行きつくようで、剣の道などでも、その究極の極意として「抜かずの剣」などと言われ、ちょっと上達した剣士に向かって、むやみに剣を使うものではないと、その師匠がたしなめたりする話がある。
勿論この思想はあくまでも心のありようであって、本当に剣を使わないのなら剣を持つ必要も無い。演出をしない演出が一番良いのなら演出家は必要ないし、演技しない演技が一番良いのなら、演技の事を考える事自体無意味だ。
実際には剣も演出も必要だからこそ、この極意がある訳で、観客の視線を受けて演技をしない事など、もはやどんな素人でもできやしない。
私達役者が常に「ゼロからの出発」を意識し、無心になる事を考え、一回性の生を生きようとする理由もここにある訳だが、この概念は求めれば求める程、私達の手をすり抜けて行くようだ。
多分演技をして演技をして、もうこれ以上演技できない所まで行かないと、この極意には近づけないのかも知れない。
つまりこの極意、言うは安し行うは難しで、なかなか思うように実行する事は難しい。
ただいつもその到達点を目指して、演技の事を考えて試行錯誤して行きたいと思っている訳である。
剣の極意たる「抜かずの剣」は磨き上げられた剣と、それを使いこなせるだけの腕があってこそ、有効なのであって、その為には努力と研鑚が必要不可欠なのである。
私達未熟者にとっては、その道はまだまだ遠く険しいもので、じたばたとした戦いの日々が、延々と続いて行く事になる。
道具は剣ではなく人間の身体、そしてそれを使いこなす腕は、役者それぞれの生きざまなのかもしれない。どちらも生きている限り変化し続けるものだから、この道は終わるとか極めるという事はないようだ。
つまり役者にとって「抜かずの剣」とは、求めていながら決して実践できない蜃気楼のような概念なのかも知れないとも思う。

54、本番!

いよいよ本番ともなれば、どんなに手慣れたスタッフでも、経験豊富な役者でも、自ずと緊張感が増してくる。
観客がいるのといないのでは劇場の空気も全く違うし、普通の観客はその日の舞台しか観ない訳で、決してやり直しがきかないのだから、当然と言えば当然である。
いくら稽古で素晴らしい舞台を作っていても、本番でコケたらどうしようもない。一人で作る芸術ならばまだしも、集団で作る訳だから、自分がコケる事は回りのすべてに迷惑をかける事にもなる。
ところが、そんな緊張がそれぞれのメンバーにある為に、逆にとんでもない失敗が起る事も枚挙にいとまがない。
セリフをトチる。転換の時にモノにぶつかる。仕掛けがうまく作動しない。キッカケ段取りを間違える。等など、ありとあらゆる失敗が起こり得る。
稽古通りに普通にやればいいのだが、何故か本番には緊張感という魔物が住んでいて、なんでもない事を間違えたりするのだ。
しかしどうも舞台の善し悪しは、そうしたミスや失敗の有無とはちょっと別のところにあるらしい。
全く失敗の無い舞台には、何故かしら覇気を感じられない事も多い。段取りをキチッとこなして行く事に気を取られて、肝心の心が吹き込まれていない、などという事もしばしば起こる。
技術スタッフの場合は、冷静で確実である程よく、その上に役者などが失敗した時には素早い対応が求められる。
ところが役者の場合は、段取り通りやればいいと言うモノではない。舞台の上で一人の生きた人間として如何に存在しているかが、より重要な問題になってくるからである。
どうも役者というもの、醒めて狂う必要があるようで、どこに行ってしまうのか分からないようなきわどさと同時に、ポイントの個所では絶対に段取りをはずさない冷静さの、両方が求められるようだ。
そしてこの能力には、決して本番の経験の多さだけではなく、人間としての繊細な部分と豪胆な部分の共存という、言ってみれば人生における修行のようなものが、最も関係しているようなのだ。
私が、この連載の最初に書いた「芝居とは子育てのようなもの?」と感じる部分も、どうもそのあたりに起因しているのかも知れない。
他人の言動を受け入れる謙虚さと、自分の舞台上の言動に対する傲慢な程の自信。自分の生のネガティヴな部分の追求と、それをポジティヴに変換していく根太さ。
そんなアンヴィヴァレンツを孕んだ生のありようから体得したものこそが、本番になって威力を発揮するようなのである。

55、劇団と仲間たち。

芝居は一人では出来ない。
多くの仲間達と協力者達の共同作業によって成り立つのだが、入場料収入だけで参加者全員にギャラを渡すのは至難の技だ。
多くの演劇がその母体として劇団制を採用しているのはこの為だ。
劇団とは不思議な集団で、指導者が一人(あるいは複数)いて、その演劇に対する方向性に共感を持った人間の集まりだから、実質的に劇団員はボランティア同様で、なんら金銭的な保障はない。
特に小劇場ではまずほとんどの場合が無理と言ってよく、まれにギャラを払っていると自慢している劇団などでも、そのギャラが他の職業の給料に比べて極端に低いとか、膨大な稽古時間や打ち合わせの時間に対しては正当な対価がなされていない。
それどころか、劇団費とか公演チケットのノルマなどで、劇団員にとっては持ち出しになる場合の方が多い。
あるいは劇団員(役者が多いのだが)自らの手で大道具や衣裳(果ては照明、音響までも)を担当する事も希ではなく、多くの場合、その対価は支払われない。
この為、劇団員が若いうちは、勢いと情熱だけでも、なんとか維持していけるのだが、ある程度の年齢になると、それぞれの生活の為とか、金銭的な不満の為に辞めていく。
あるいは、劇団の未来に対するビジョンが見えす、解散に追い込まれる事も多い。
言ってみれば劇団制とは徒弟制度のなれの果てで、親分子分の関係なのだが、現在の経済原則では芝居は採算が取れるモノではないので、子分を養うだけの甲斐性を親分に求める事自体に無理があるのかもしれない。
ところが、この旧態依然とした劇団制にも、唯一素晴らしい所があって、劇団員同士の人間関係が濃密で、その仲間たちとの交友関係は、どんな友人たちとの関係よりも強くなる事だ。
ほとんど毎日顔を合わせ、旅公演などでは寝食を共にし、酒を飲む機会も多いのだから、当然と言えば当然で、時には本当の兄弟姉妹のように思える。
もちろん、その分トラブルも多く、顔も見たくない(だけど、劇団に行けば見ずにはいられない)とさえ思う相手もいたりして、人間関係にはいつも悩まされる事になる。
現在、私は劇団を辞めてフリーという立場になったのだが、一人で芝居を始めから立ち上げようと考えるにあたって、そんな劇団での交友関係は実はお金では計れない財産だったのかも知れないと、いまさらながら思えるようになった。
劇団制に対する問題点については書き出せばキリがないのだが、その有効な部分を忘れてはいけないと思う。なんと言っても、芝居は一人では作る事が出来ないのだから。

56、人生。

何事もその事自体が目的化するとロクなことにならない。
仕事しかり、遊びしかり、子育てしかりである。
もちろん一つの事を達成する為には、他の事を切り捨てて専念する必要がある事は当然なのだが、挫折したり中途でその道を閉ざされたりした時は勿論、目標に主尾よく到達した場合でさえ、呆然自失してしまう事がよくある。
つまり目的の喪失という事態である。
また、一つの達成感は次のステップへの自信となり、新たな目標を設定して頑張る為の力の源泉ともなりうるが、逆に自分の方法に拘ったり、作り上げてきたモノを守ろうとして、肝心の自分というものを失ってしまう事もあるようだ。
芝居の場合も同様である。
一本の芝居を作る為にはなんらかのモノが犠牲になるし、一つの集団を軌道に乗せようと思えば、一定期間その事に専心しなくては、できるものではない。
だが、その芝居が終わった時、例えそれが成功に終わったとしても、目標を喪失した空しさは拭えない。
あるいは、集団が解散する時に空しさを感じるのは当然だし、集団が軌道に乗った時でさえ、達成感は常に喪失感を伴ってやって来る。
そうした空しさを感じない為には、常に次の目標を作り、走り続けているのが一番の特効薬になる。
ところが、ここにワナがある。
つまり次々に目標を置き、走り続けているうちに、持続して走る事自体が目的になり、何故自分が走り続けているのか、全く分からないという状態に陥る訳である。
まさに麻薬中毒患者と同じで、ワーカーホリックの状態と言ってもいい。
しかも悪い事に、そんな状態でやる芝居は、やってる本人にとっては幸せなのかもしれないが、ハタから見れば空回りしている場合が多いようだ。
何が自分にとって一番重要なのか?
この答えは誰にとっても「自分の人生」なのだと思う。
その人生をより充実したモノにする為にこそ、芝居も仕事も遊びも子育てもあるべきで、つまり、そうした事はすべて目的ではなく、手段の一つなのだ。
所詮一度しかない人生、その人生の為にのみ私達は生きているのであって、そんな生の営みがあるからこそ、芝居もまたその人生を映した素晴らしいモノになるのだと思う。
この事はどんな時も忘れないでいたいものである。

57、制作の仕事。

人が集まる限り、そこにはさまざまなトラブルや人間関係が生ずる。
舞台は決して一人ではできないのだから、そこに集まった多才な人間同士がそれぞれの作業を円滑に行なう為には、たくさんの話合いとお互いの了解が必要になる。
そんな人間関係をスムーズにする為に、制作の仕事はある。
だから最初にやる仕事は打合せなどの設定(早い話がお茶出し)であり、稽古などのスケジュール調整であり、仕込み時などのお弁当の手配や打上げの設定などで、ほとんど芝居の内容とは無関係の雑務となる。
もちろん実際の現場の進行順序から行けば、まず場所や日時の設定と作家・演出家・スタッフ・キャストへの依頼(当然ここにはギャラや条件の交渉も含まれる)、次はポスター・チラシなどの製作、情報誌・新聞などへの宣伝、助成金や寄付金などの金策(これが一番先だったりもする)と、その管理、といった具合に進むのだが、それにしても、その作業のほとんどは公演の中身(つまり舞台成果の部分)以外の部分である。
その公演に参加するスタッフやキャストが、なるべく内容の部分に精力を使う事ができるようにし、お互いの適度な刺激によって、それぞれが持っている力以上のものを舞台に出せるように、あらゆる雑務をこなす訳だ。
そして、いざ本番になれば、今度は評論家やお世話になった人への礼を尽くし、一番大事な一般のお客さんの反応に耳を傾ける。
しかも公演が終った後も、膨大な量の事後処理が待っているし、場合によってはすでに次の公演の準備が同時に進行していて、休む暇はない。
つまり、エンドレスな雑務を繰り返し、他人に対する気遣いをいつもしているのが制作だと言っても良い。
しかし、そんな制作だからこそ、一つの公演を最初から最後まで、まるごと作っている実感も又あるのである。
次はどんな企画をし、誰と誰を出会わせようかと考え、その出会いから新しい作品が立ち上がる為にはどんな設定が面白いかと想定する。そしてそこから生れる芸術が世界に対してどんなインパクトを与えるだろうか?とさえ妄想し、一人ほくそえむ。
縁の下の力持ちと言えば、陰で目立たないように支えている、一番苦労の多い役回りのように聞こえるが、実は参加者達を陰で操っている人形遣いのような役なのかも知れない。
人間は決して人形みたいに思い通りには動かないが、その分意図した以上の素晴らしい動きを見せてくれる事も多く、そんな姿に立ち会った時、制作はそれまでの苦労が一気に報われる。
そしてまた、懲りもせずに、次の構想を夢想し始めるのである。

58、踊る阿呆に見る阿呆。

世の中に評論家などという存在がいて、舞台芸術に関しても、そうした人達が何人かいる。
多くは新聞社や情報誌などの社員であり、その人の書く記事によって社会的な評価を得られる事もあるので、現場の人間には大事にもてなされる。
もちろんフリーランスでの評論活動をしている人もいて、彼等は特定の劇団等の提灯記事によって生計を立てる場合が多い。
あるいはそうした経済活動とは切り離して、純粋に評論活動を行なっている人も、数は少ないながらもいて、現場の人間から見れば、その言動が最も気にかかる存在でもある。
よく「現場の人間が評論活動をし始めるとロクな事はない。」とか、「評論家が舞台を作ると、その後の評論に切れがなくなる。」などと言われ、どうもこの評論活動と現場での舞台活動は切り離されて考えられているようだ。
しかし、ホントにそうだろうか?と、私は思う。
現場の人間が一切他の舞台を見ないのならともかく、他の舞台を見た時に感じ、考えた事を発言して何故いけないのか?
評論家が舞台を作って、その後の評論に切れがなくなるのなら、前に書いた切れのある(?)文章の方をこそ疑ってみるべきではないだろうか?
踊る阿呆と見る阿呆とはその位置が全く違い、感じ考える地点も自ずと違ってくる訳で、よく言われるように、「私は現場の人間だから、辛辣な評論に対する答えは次の舞台で出す。」等の意見は一見正しいように感じるが、何か噛み合わないやり取りのように思えて仕方がない。
ある時は踊り、ある時は見る。そして文章でのやり取りは文章で行なえばよいし、舞台での表現に対する反論こそ舞台でなされるべきではないだろうか?
いわゆる職能主義なる幻想の元、評論家は評論家、演出は演出、役者は役者、等と固定して考え出した所に、舞台芸術の衰退が始まったのではないかと、私は密かに思っているのである。
カラオケの普及によって、その音楽文化の善し悪しはともかく、人前で歌うと言う行為がより一般的になり(時には間奏時にセリフまで入れる!)、踊る側と見る側の垣根を低くしていったように、舞台上でのダンスや行為やセリフも、より一般的に受け入れられる事が今後益々必要になって来ると思う。
その為にも、まず評論家は舞台に立つべきであり、役者は演出をすべきであり、演出家は評論活動をすべきなのだ。(もちろん、この逆回しも可。)
すべての既成概念を取り払う事によってこそ、次の展開が待っているハズなのだから。

59、打上げ-祭りの後に。

舞台の本番が終ると必ず「打上げ」と呼ばれる宴会が待っている。
葬儀の後の精進落としのように、興奮した気持ちを落ち着ける為のものでもあり、共同作業の労をお互いにねぎらう為でもある。
舞台の結果がどうであれ、とにかく無事終了した開放感と、それまでの集団作業で押さえていた個人の感情が一気に爆発するので、この宴会は通常の飲み会などとは比較にならない盛り上がりを見せる。 当然そんな状態の中、ケンカも起きれば、カップルが誕生したりもする。
特に役者達は舞台上でかなりの汗をかいていたりして、お酒の回りも早く、それまであまり目立たなかった人間が突然ハイになって、回りをビックリさせる事もある。
中には、どうもこの打上げを楽しみに舞台をやっているのではないかと思われる、本末転倒の酒飲みもいたりする。
最初に「お疲れ様でした~!」の乾杯を終えると後は無礼講で、たいした料理が無くても、酒だけは公演の祝い酒が山のようにあるので、飲めや歌えや踊れや脱げやで、もうメチャクチャである。多分この打上げの状態は他のどのジャンルの集団の飲み会よりも凄まじく、その為に出入り禁止になった飲み屋も数多い。
もちろん参加者の年齢層にもよるので、若者が多ければ多い程その激しさは増す。
私も劇団時代は劇団のアトリエで打上げをする事が多かったので、毎回オールナイトで飲み明かした。 そして翌日、ほとんど全員が死んでいて使い物にならないが、呆然としながら後片付けなどをし、なんとか元通りにして、そして夕方また飲む。
しかし、既に役者達はカラッポの状態で、ただただ寂しくて、その日の飲み会は早々に切り上げて帰って寝てしまう。
祭りの後の寂しさは端から想像しているよりも辛いもので、二日酔いの頭と体の節々の痛みと共に、しばらくは立ち直る事が出来ない程だ。
それでも、そんな最悪の時期を終えると、のそのそと起き出して公演のビデオなどを見、やっと少しだけ社会生活に復帰できるようになる。
そして、次回公演と言う「夢の続き」を心に秘めて、再びゼロからの出発を始めるのである。

60、死ぬまで続く旅。

私はこの先も舞台を続けて行く事だろう。
それは義務感からでも惰性の為でもなく、当り前の事のように感じている。
人生の半ばを過ぎたばかりで、何を達観したような事をと思われるかもしれないが、これからどんな出来事が起きようと、やはり舞台をやっているような気がする。
怪我や病気や突発的な事件に見舞われたとしても、それでもその状態の中で舞台が出来ないかと考え、自分の意識がなくならない限り、舞台の事を考えているような気がする。
ひょっとすると自分の死に行く様を舞台に乗せたいと言い出すかもしれない。
何がここまで私を舞台に縛り付けているのだろうか?
さまざまないい訳がましい理由が思い付くが、ただ生きている実感が欲しいだけなのかもしれない。
日常生活での色んな出来事や、日々想い考えている事が、時間の流れと伴にどんどん押し流されて、記憶の彼方に霞んで行き、現在の自分の姿でさえ見失ってしまいそうだ。
舞台という名のフィルターを通して、自分のありのままの姿を解放する時、日常の中の自分の嘘は暴かれて、もう一つの、そしてこちらの方がほんとうの自分なのかもしれない姿がおぼろげに見えて来る。
つまり、舞台とは私を縛るものなどではなく、舞台こそが日常の呪縛を解き放ってくれる唯一の場所だと信じているのかも知れない。
とは言え、私自身が変化する生き物なのだから、その姿を映し出す舞台の方も変化して行かざるを得ない。
だからこそ、どうしたら一番素直に自分を解放し、「ほんとうの自分」を見つける事が出来るのか、ああしてみたり、こうしてみたり、試行錯誤を繰り返しているのである。
回りから見たら、それはまるで一箇所に止まる事の出来ない放浪者のようでもあり、自分の事しか見えてない偏執狂のようでもあるだろう。
結局、私のような者は、役者の起源に戻って、いろいろな場所(それは決して地理的な場所ばかりではなく)をうろうろとさまよい歩く旅人として一生を終えるしかないのかもしれない。
私はそれで良いと思っている。
そうして、そんな根無し草の旅を続ける事こそが、私にとっては生きる事そのものなのかもしれないとも思っているのである。

この連載は1998年~1999年にかけて書かれたものです。若干の修正は加えましたが、なるべく過去の文章そのままに掲載する事のしました。なぜなら、ここに書かれた演劇に対する想いは、現在もほとんど変わらないものだからです。

​次週からは、新連載を開始する予定です。乞うご期待!